青春の墓標...
どっかで見たような...借り物のタイトルを使わせてもらおう...

Kのアルバムに胸中複雑である。
すっかり老け込んで、取り返しのつかない年月を重ねた。
恥も罪もそのままに、時には自己嫌悪に苛まされながら今日まで来てしまった。
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それでもせっかくのKのアルバムを借りて、遠い幻影へしばしのタイムスリップ。
私が参加していない山行きの写真も多いがタイムマシン効果はすごい。
色褪せた写真に不器用に時代を生きていた若き日が今さらながらに甦る。

以下Kのアルバム
()内は筆者注

(アルバムのトップにはこの写真。そうか...私たちが南壁の新ルート開拓などとほざいていた時か...)
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1974.10 明星山南壁
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74.10.13~14明星山南壁P6左岩稜
(Kたちはここを登ってたというわけか)
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74.11.4穂高 横尾の岩小屋
(親分のイケメンぶりとKのまだあどけなさが残る童顔...
ニッカボッカだね。)
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同上
(新田次郎作「孤高の人」にも出て来るこの岩小屋も
今では原型を留めていないそうだ...N談。
モッサいツェルト、ギアが吊るしてあるところを見ると屏風岩を登ってここでビバークしたのかな。ここはいつも人に占領されてた記憶しかない。)
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屏風岩(朝陽を浴びているね)
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東稜にてビヴァーク
(ナヌ?ここでもビバークをしたのか!この格好でシュラフカバーかい!寒かったろうね。)
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屏風の頭から北穂高

(ここが問題のところ)
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75.6 しらび平ロープウェイ駅
(宝剣の中央稜を目指して夜中に駒ケ岳ロープウェイの始発点しらび平駅まで車で上がった。バス停の片隅に車を停めて何食わぬ顔で出発の支度しているところ。降りて来て初めてここまでの一般車の乗り入れは禁止されているということを知った。夜中に上がれと親分に吹き込まれて、やっちまった...)
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中央稜のテラスにて
(KとS氏である。熊本に帰ったS氏は元気だろうか....地震は大丈夫だったろうか..)
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中央稜の帰り 妻籠宿にて
(恵那山トンネルはこの年の8月開通だから、この時は一般道で行き来したのだろう。
ここに立ち寄る時間的な余裕はどこにあったのだろう?)


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1975.8 ク○ン○ン夏合宿 剣岳 室堂にて 装備を分ける
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剣御前
(左端は学生だったYくんかあ...元気かなあ...)
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剣岳八ツ峰(6峰) C, Dフェースをバックに
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Nさん引率でDフェース富山大ルートを登る
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 Sさんのキスリングがやけに懐かしい
(この時かな、遭難者の救助に駆けつけたのは...
残念ながら亡くなられたそうだね...
 UFOを見たとか言って結構騒いでもいたね!)
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(正月の上高地だね!沢渡から歩いて結構時間かっかったよね!岳友Nのリュックが懐かしい。雑誌の後表紙に宣伝広告がいつも乗っていたのを覚えている。商品名忘れたけど。フアッションもレトロだね!)
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(冬の屏風岩にチャレンジしたんだけど....)
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(Kたちのパーティは東稜の登攀に成功し私たちは東壁ルンゼの下部岩壁だけ登って撤退した。この写真時から天候は徐々に悪くなった。Nが苦労して下部岩壁を抜ける頃には雪が舞い冷たい風に煽られてすっかり消耗した。翌日の快晴下、Y氏のリードで東稜パーティが登っていくのを横目に見ながらの撤退はとても悔しかった。横尾の避難小屋でトランシーバーで連絡を取り合いながらKたちを待った。彼らが無事に涸沢回りで下ってきたのは深夜何時頃だったろうか...思い出すにつけ..無事再会できた時の嬉しさといったらなかったなあ....)
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1975.9.13~14 徳沢園にてY,N両氏
奥又白4峰正面壁北条新村ルートから前穂東壁 (Dフェース都立大ルート)を登り夜上高地へ下る。
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Dフェース終了点にて
Y氏が登って終了
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 I、II峰間リンネにてY氏と
(K君、おぼこいなあ!笑)
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9月14日PM6:00 前穂高の頂上。この後上高地まで一気に下る。翌日は仕事だ!
(初雪がちらついてもおかしくない頃だよね!結構薄着だし、ほとんどカジュアルなファッション!みんなかっこいい!)
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1975.11.1~
屏風岩から前穂高まで縦走を計画したが屏風岩のみで計画終了
Y,K,M3名パーティ
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夕暮れの屏風の頭
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初冬の穂高をバックに
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1975.5
初日徳沢でテント
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奥又白松高ルンゼ入口あたりK,F君
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奥又白池付近
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北尾根4峰正面壁
松高ルート
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終了点から4峰ピークへ
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4峰ピークから奥又白池付近でビバーク
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翌日、春闘によって下山できなくなった神戸の女子を名古屋まで送りつつ下山。
大正池にて
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1977.9雨の錫杖岳 1ルンゼ
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槍見温泉にてNさんとキャッチボール
スカGが懐かしい。小雨で出発をためらうも
とりあえずGO!
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1ルンゼ取り付き付近
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(1ルンゼ登攀後下降路を間違えて大変なことに...暗闇のルンゼを懸垂下降。
オマケに帰りの41号線で対向車線からの4トントラックが無理やり追い越しをして車線に入るぎわにスカGに接触した。静岡県のドライバーだったがNが静岡県に出張した折に解決してくれた!Nに感謝...しかしNは全く覚えていないという...)
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1977.10錫杖岳
今度は左方カンテ
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左方カンテのテラス
石川県の山口敬次氏とともに
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(今度は下降路を間違えなかったね)

以上Kのアルバムから第1部。
若さに涙がちょちょぎれる!
...若かったあの頃..なにもこわくなかった..なんて歌の文句があったけど、わたしゃ結構びびってました!
アルバム提供の岳友Kよありがとう!